アセアンカービジネスキャリア
アセアンでトップレベルの販売台数成長率のフィリピン。首都マニラに初めて訪問したのであれば貧困と混沌、退廃と危険のイメージとはかけ離れた綺麗な高層ビルが建ち並ぶ大都会、そして自動車の渋滞に驚くだろう。
フィリピンの人口は約1億人でインドネシアに続くアセアンの巨大消費市場だ。2022年新車販売台数は対前年2桁以上の増加となり、コロナ禍前の水準をほぼ回復した。フィリピン自動工業会(CAMPI)のデータによれば、2022年の新車販売台数は35万2,596台だ。
CAMPIに加盟していないメーカーの公式な販売台数統計がなく正確な総販売台数の把握は難しいが、フィリピン自動車販売企業協会(PADA)と独立系ディーラー販売分を加え重複分を調整した2022年のフィリピンの新車総販売台数は26.6%増の37万2,083台とも発表されている。新車販売台数の成長率はアセアン諸国の中でトップレベル。日系メーカーのシェアは全体の8割を超え、経済発展に牽引されて更なる市場拡大が期待されている。
◆コロナ後のビジネスを再構築
株式会社タウ(宮本明岳、埼玉県)は、2015年にフィリピンに進出した。メイン事業は、損害車の取り扱いだ。保険会社から事故にあった全損の車輌を買い取り、独自に構築したインターネットによる入札システムを通じて適正な売却を行ない、再利用価値のある資源として商品を提供している。
周辺ビジネスとして、株式会社タウの100%子会社として、TAU Body Works Philippines Corporation(TBW)という会社を新たに立ち上げ2019年に板金塗装工場を設立。日本と比較して、板金修理業者が少なく、また鈑金・塗装技術レベルが低いため、修理品質が安定していない。それにより、フィリピンの透明な損害車流通を目指そうと考えた。保険会社からの修理依頼を受けてやっていこうという話だったであったが、コロナ時期に重なり、一度ビジネスをクローズした。しかし、2023年に新鈑金工場を新たに設立し、鈑金塗装ビジネスの再構築を目指すことになった。7月に新工場の場所が決まり、8月ごろから順次プレオープンを行っている。新板金工場では、自社で買い取った車の修理(鈑金塗装)を行う。保険会社やディーラーや、銀行(ファイナンス)やレンタカー系企業からの独自仕入れを行う。つまり保険会社からの修理依頼は受けていない。
しばらくは、商品化に特化する。自社仕入れの車を修理(鈑金塗装)して商品化し、ローカルの中古車店に委託販売をしてもらう。理由としては、小売販売にはライセンスが必要だ。2024年にはライセンスを取得し修理した車を自前で小売販売できる店舗を開き更なるビジネス拡大を検討している。タウ(フィリピンオフィス)の小泉氏は「日本国内市場においては、コーティングや保険販売なども行っているので、それも付帯事業としてフィリピンでやっていきたい」と語る。
ローカルの中古車業者に対して、卸売でなく委託販売という形式をとっている理由は「フィリピンの中古車業者は基本的には仲介で行いたいという意向が強いです。理由として資金の問題が挙げられます」(小泉氏)。更に「フィリピンで中古車の販売店舗を構えた時には、情報開示をしっかりとして日本の中古車屋に近いアフターサービス(保証)などを行っていきたいです」と語る。
現在のフィリピンの自動車修理(板金塗装)は30年前以上の日本のスタイルを脱せていない。見積書がなくサービス金額は不明瞭、更に技術が未熟な割に時間がかかる。中古車は価格が非表示で、中古車店は客を見て販売価格を決める売り手優位の市場だ。買い手は、詳しくなければボッタクリにあってしまう。タウが目指しているのは、フィリピンにおける損害車流通の透明性向上だ。そのため日本では標準化されている修理見積の基準を作り、日本の修理技術の品質とサービスを提供する。更に、中古車の適正な販売価格の情報データをフィリピンで新たに構築し、市場の透明性を担保したいと考えている。
◆フィリピンの事故損害車市場について
事故損害車に関しては、オンライン入札で購入をする。業者による入札のため、ある程度の値段は相場がつく。これらの車を買い取りするのは修理業者となる。買い取った損害車を修理(板金塗装)して販売をしていく。しかし、買い取りできる資金を持っていない修理業者や中古車業者もまだまだ多い。お金を持っている個人のファイナンサーが、購入し、それを修理工場に持ち込み商品化された車を販売しているケースも見受けられるという。
フィリピンではディーラーで新車を購入すると、1年目は保険がついているが、それ以降は更新が必要である。そのため、1年目以降は更新しない人が多いのが課題となっている。保険にお金をかけたくない、または保険認知が進んでいないことが理由となっている。それにより、事故後に保険に入るような保険金詐欺も横行しているらしい。
事故をした車をオーナーがそのまま売って、新しい車に乗り換えたいと思っても、フィリピンでは修理をするしかないのが現状のようだ。全損でない車輌は修理するしかないというの当たり前の認識があるからだ。一方で、全損していない車を買い取りができたらタウの大きな差別化となろう。タウは日本で全損でない車も買い取りを行っており、そのノウハウを持っている。保険会社はできるだけ保険金を払いたくないはずだ。またオーナーは修理するのに余計な保険金等を払っている可能性もある。オーナー側に修理をするか、売ってしまうかの選択肢をタウが提示できるようになれば、両者の価値を最大化できる。小泉氏は「日本ではAI査定システムというのをやっています。日本のノウハウを活用してフィリピンでもやっていけたら、より価値が高くなると思います。将来的にはパーツのリサイクルなども何が一番良い選択肢なのかを情報をしっかりと開示してあげることができるので、オーナーにとってパーツという選択肢もできると思います。それらをやりたい」と語る。
◆フィリピンでビジネスを行う魅力とは?
「一番の魅力は日本で培ってきたノウハウを活用して、フィリピン自動車市場の透明化を目指せるということです」(小泉氏)。更に「現在は、多くの情報弱者が損をして、一部の方だけが儲かっている状況です。しかし情報をしっかり開示しながら、適正な市場を作り出せる可能性があります」と話す。
フィリピンは発展の途上であって、課題が多いからこそ、今のグレー市場を煮詰めていけば、価値が高くなる。良いサービスを行う人が生き残る市場を作り上げることで、健全な市場が作られる。健全な市場が構築されれば、流通が活性化する。そこに関わる人たちのメリットが生まれ、業界としても拡大の余地が出てくる。タウは市場形成を可能とするサービスを提供している。
日本でも損害車の業界はグレーであった。しかし、日本が辿ってきた道をフィリピンも将来的には辿ることになると考えれば、日系企業であるタウはフィリピンでのビジネスにおいて優位な立ち位置にいることは間違いない。
<川崎大輔 プロフィール>
大手中古車販売会社の海外事業部でインド、タイの自動車事業立ち上げを担当。2015年半ばより「日本とアジアの架け橋代行人」として、Asean Plus Consulting LLCにてアセアン諸国に進出をしたい日系自動車企業様の海外進出サポートを行う。アジア各国の市場に精通している。経済学修士、MBA、京都大学大学院経済研究科東アジア経済研究センター外部研究員。
フィリピンの人口は約1億人でインドネシアに続くアセアンの巨大消費市場だ。2022年新車販売台数は対前年2桁以上の増加となり、コロナ禍前の水準をほぼ回復した。フィリピン自動工業会(CAMPI)のデータによれば、2022年の新車販売台数は35万2,596台だ。
CAMPIに加盟していないメーカーの公式な販売台数統計がなく正確な総販売台数の把握は難しいが、フィリピン自動車販売企業協会(PADA)と独立系ディーラー販売分を加え重複分を調整した2022年のフィリピンの新車総販売台数は26.6%増の37万2,083台とも発表されている。新車販売台数の成長率はアセアン諸国の中でトップレベル。日系メーカーのシェアは全体の8割を超え、経済発展に牽引されて更なる市場拡大が期待されている。
◆コロナ後のビジネスを再構築
株式会社タウ(宮本明岳、埼玉県)は、2015年にフィリピンに進出した。メイン事業は、損害車の取り扱いだ。保険会社から事故にあった全損の車輌を買い取り、独自に構築したインターネットによる入札システムを通じて適正な売却を行ない、再利用価値のある資源として商品を提供している。
周辺ビジネスとして、株式会社タウの100%子会社として、TAU Body Works Philippines Corporation(TBW)という会社を新たに立ち上げ2019年に板金塗装工場を設立。日本と比較して、板金修理業者が少なく、また鈑金・塗装技術レベルが低いため、修理品質が安定していない。それにより、フィリピンの透明な損害車流通を目指そうと考えた。保険会社からの修理依頼を受けてやっていこうという話だったであったが、コロナ時期に重なり、一度ビジネスをクローズした。しかし、2023年に新鈑金工場を新たに設立し、鈑金塗装ビジネスの再構築を目指すことになった。7月に新工場の場所が決まり、8月ごろから順次プレオープンを行っている。新板金工場では、自社で買い取った車の修理(鈑金塗装)を行う。保険会社やディーラーや、銀行(ファイナンス)やレンタカー系企業からの独自仕入れを行う。つまり保険会社からの修理依頼は受けていない。
しばらくは、商品化に特化する。自社仕入れの車を修理(鈑金塗装)して商品化し、ローカルの中古車店に委託販売をしてもらう。理由としては、小売販売にはライセンスが必要だ。2024年にはライセンスを取得し修理した車を自前で小売販売できる店舗を開き更なるビジネス拡大を検討している。タウ(フィリピンオフィス)の小泉氏は「日本国内市場においては、コーティングや保険販売なども行っているので、それも付帯事業としてフィリピンでやっていきたい」と語る。
ローカルの中古車業者に対して、卸売でなく委託販売という形式をとっている理由は「フィリピンの中古車業者は基本的には仲介で行いたいという意向が強いです。理由として資金の問題が挙げられます」(小泉氏)。更に「フィリピンで中古車の販売店舗を構えた時には、情報開示をしっかりとして日本の中古車屋に近いアフターサービス(保証)などを行っていきたいです」と語る。
現在のフィリピンの自動車修理(板金塗装)は30年前以上の日本のスタイルを脱せていない。見積書がなくサービス金額は不明瞭、更に技術が未熟な割に時間がかかる。中古車は価格が非表示で、中古車店は客を見て販売価格を決める売り手優位の市場だ。買い手は、詳しくなければボッタクリにあってしまう。タウが目指しているのは、フィリピンにおける損害車流通の透明性向上だ。そのため日本では標準化されている修理見積の基準を作り、日本の修理技術の品質とサービスを提供する。更に、中古車の適正な販売価格の情報データをフィリピンで新たに構築し、市場の透明性を担保したいと考えている。
◆フィリピンの事故損害車市場について
事故損害車に関しては、オンライン入札で購入をする。業者による入札のため、ある程度の値段は相場がつく。これらの車を買い取りするのは修理業者となる。買い取った損害車を修理(板金塗装)して販売をしていく。しかし、買い取りできる資金を持っていない修理業者や中古車業者もまだまだ多い。お金を持っている個人のファイナンサーが、購入し、それを修理工場に持ち込み商品化された車を販売しているケースも見受けられるという。
フィリピンではディーラーで新車を購入すると、1年目は保険がついているが、それ以降は更新が必要である。そのため、1年目以降は更新しない人が多いのが課題となっている。保険にお金をかけたくない、または保険認知が進んでいないことが理由となっている。それにより、事故後に保険に入るような保険金詐欺も横行しているらしい。
事故をした車をオーナーがそのまま売って、新しい車に乗り換えたいと思っても、フィリピンでは修理をするしかないのが現状のようだ。全損でない車輌は修理するしかないというの当たり前の認識があるからだ。一方で、全損していない車を買い取りができたらタウの大きな差別化となろう。タウは日本で全損でない車も買い取りを行っており、そのノウハウを持っている。保険会社はできるだけ保険金を払いたくないはずだ。またオーナーは修理するのに余計な保険金等を払っている可能性もある。オーナー側に修理をするか、売ってしまうかの選択肢をタウが提示できるようになれば、両者の価値を最大化できる。小泉氏は「日本ではAI査定システムというのをやっています。日本のノウハウを活用してフィリピンでもやっていけたら、より価値が高くなると思います。将来的にはパーツのリサイクルなども何が一番良い選択肢なのかを情報をしっかりと開示してあげることができるので、オーナーにとってパーツという選択肢もできると思います。それらをやりたい」と語る。
◆フィリピンでビジネスを行う魅力とは?
「一番の魅力は日本で培ってきたノウハウを活用して、フィリピン自動車市場の透明化を目指せるということです」(小泉氏)。更に「現在は、多くの情報弱者が損をして、一部の方だけが儲かっている状況です。しかし情報をしっかり開示しながら、適正な市場を作り出せる可能性があります」と話す。
フィリピンは発展の途上であって、課題が多いからこそ、今のグレー市場を煮詰めていけば、価値が高くなる。良いサービスを行う人が生き残る市場を作り上げることで、健全な市場が作られる。健全な市場が構築されれば、流通が活性化する。そこに関わる人たちのメリットが生まれ、業界としても拡大の余地が出てくる。タウは市場形成を可能とするサービスを提供している。
日本でも損害車の業界はグレーであった。しかし、日本が辿ってきた道をフィリピンも将来的には辿ることになると考えれば、日系企業であるタウはフィリピンでのビジネスにおいて優位な立ち位置にいることは間違いない。
<川崎大輔 プロフィール>
大手中古車販売会社の海外事業部でインド、タイの自動車事業立ち上げを担当。2015年半ばより「日本とアジアの架け橋代行人」として、Asean Plus Consulting LLCにてアセアン諸国に進出をしたい日系自動車企業様の海外進出サポートを行う。アジア各国の市場に精通している。経済学修士、MBA、京都大学大学院経済研究科東アジア経済研究センター外部研究員。