ナック・朝日オートセンター
第3代会長として、7期14年JU中販連をけん引
JU中販連の元会長で,ナック(神戸市兵庫区)と朝日オートセンター(兵庫県尼崎市)の名誉会長の難波慶年氏(享年90歳)の通夜・告別式が6月14、15日、兵庫県西宮市のエテルノ西宮でしめやかに執り行われた。難波家と両社の合同葬として執り行われた葬儀には、JU関連をはじめ、全国から参列者が集まり、故人との別れを惜しんだ。
難波氏は1983年、JU中販連会長に就任し、7期14年にわたって、業界発展に大きく貢献した。自動車関連税制に関する陳情や車庫法改正における規制緩和などに尽力し、消費者保護とともに、業界の健全発展に大きく寄与した人物だ。業界の地位向上のため、政界との強固なパイプを構築するなど、大きな足跡を残した難波氏の功績は今も語り継がれている。
葬儀のあいさつで、喪主を務めた難波克年氏は「故人の口癖は『運』の大切さだった。生前は多くの運を手繰り寄せ、成功に導く姿を目の当たりにした」と、故人とのエピソードを話した。「運」を掴み取ってきた難波氏だが、卓越した先見性で突き進むリーダーシップで「生涯現役」だった難波氏に業界内では大きな尊敬と信頼の念を集めた。
難波氏は、長年の業界発展など多大なる功績に対して、89年には「藍綬褒章」、2002年には「勲三等 旭日中綬章」の栄誉に輝いている。
JU兵庫の森本義則会長・理事長は「何事も『最後まで諦めるな』と言われていた。JU兵庫の最高顧問として、われわれを常に気にかけていただいた」という。何事も諦めない強い熱意と人一倍の努力が「運」を手繰り寄せ、業界発展に寄与してきたことは間違いない。 (室田一茂)
難波氏は1983年、JU中販連会長に就任し、7期14年にわたって、業界発展に大きく貢献した。自動車関連税制に関する陳情や車庫法改正における規制緩和などに尽力し、消費者保護とともに、業界の健全発展に大きく寄与した人物だ。業界の地位向上のため、政界との強固なパイプを構築するなど、大きな足跡を残した難波氏の功績は今も語り継がれている。
葬儀のあいさつで、喪主を務めた難波克年氏は「故人の口癖は『運』の大切さだった。生前は多くの運を手繰り寄せ、成功に導く姿を目の当たりにした」と、故人とのエピソードを話した。「運」を掴み取ってきた難波氏だが、卓越した先見性で突き進むリーダーシップで「生涯現役」だった難波氏に業界内では大きな尊敬と信頼の念を集めた。
難波氏は、長年の業界発展など多大なる功績に対して、89年には「藍綬褒章」、2002年には「勲三等 旭日中綬章」の栄誉に輝いている。
JU兵庫の森本義則会長・理事長は「何事も『最後まで諦めるな』と言われていた。JU兵庫の最高顧問として、われわれを常に気にかけていただいた」という。何事も諦めない強い熱意と人一倍の努力が「運」を手繰り寄せ、業界発展に寄与してきたことは間違いない。 (室田一茂)