ロシア向け中古車輸出 16ヶ月ぶりの首位
ロシア向け中古車輸出が今春以降、回復傾向をみせている。【長いトンネル】ロシア向けの輸出は、2008年に年間56万3369台を記録し、仕向け地別で2位のチリ(12万3944台)や3位のUAE(9万8204台)などを大きく引き離していた。月間実績においても、同年7月に5万5057台を記録するなど好調を極めていた。しかし、リーマンショックが同年9月に勃発。ロシア国内において、新車産業保護などの大義名分のもと、輸入中古車に対する大幅な関税の引き上げ実施が決まり、2009年1月より施行された。全車齢において大幅に関税がアップされ、製造から3~5年という非常に狭い車齢の車のみ、かろうじて関税が他の年代よりも低く抑えられたものの、リーマンショック後の景況悪化が重なり、2008年12月には4万2917台あった輸出台数が2009年1月には2425台に激減。2009年の年間輸出台数は5万3180台、前年比では実に90・6%ダウンという惨憺たる状況となった。関税引き上げ措置は9ヶ月間の時限措置とされていたため、2009年秋で終了するのではという機運もあったが、結局は延長が実施され、に勃発。ロシア国内において、新車産業保護などの大義名分のもと、輸入中古車に対する大幅な関税の引き上げ実施が決まり、2009年1月より施行された。全車齢において大幅に関税がアップされ、製造から3~5年という非常に狭い車齢の車のみ、かろうじて関税が他の年代よりも低く抑えられたものの、リーマンショック後の景況悪化が重なり、2008年12月には4万2917台あった輸出台数が2009年1月には2425台に激減。2009年の年間輸出台数は5万3180台、前年比では実に90・6%ダウンという惨憺たる状況となった。関税引き上げ措置は9ヶ月間の時限措置とされていたため、2009年秋で終了するのではという機運もあったが、結局は延長が実施され、事実上の恒久的措置とみなされている。さらに昨年9月、ロシア政府が自動車への17桁のVINコード(車両固有識別情報)表記を義務化すると発表し波紋を呼んだ。VINコードは、メーカー、車種、グレード、製造年、工場などの情報のほか、そのVIコードがデタラメでないかどうかを計算できる「チェック・デジット」機能も盛り込まれている。VINコードは、欧米メーカーの車には広く用いられており、日本メーカーも海外で販売している車には採用している。ロシア政府の発表通り、2010年9月よりVNコードの表記義務化が本当に実施されれば、VINコード表記を採用していない車、すなわち日本国内で生産され、日本国内で流通していた車(=右ハンドルの中古車)の輸出が事実上禁止されてしまうことになるため、「ロシア向け中古車輸出はもはやこれまでか」という声も聞かれた。【風向きが変わる?】4月以降、ロシア向け輸出が明らかに改善しはじめた。これまでは月間2~6000台程度で推移していたが、4月には1万661台、6月には1万3591台が輸出され、仕向け地別では実に2008年12月以来16ヶ月ぶりに、首位の座に返り咲いた。輸出台数が改善している理由について、業界内では様々な見方がなされている。9月からのVINコード表記実施前の駆け込み需要だろうとみる意見。国内のある貿易業者がロシア国内のバイヤーに聞いた話としては、「9月以降は心配だが、9月以降どうなるかに関係なく、確実に入る今のうちに仕入れておきたい」というニーズが寄せられているようだ。一方で「ロシア政府が、VINコード表記義務化を見送る可能性が高いので、バイヤーが安心して仕入れているようだ」(エル・アイ・ビー高橋克弘社長)といった意見も複数の関係者から出ている。その意見の根拠としては、ロシア極東地域における深刻な経済衰退と、それに関連した政府高官の発言が挙げられる。ロシア極東の都市ウラジオストクは、かつて海軍基地で栄えた。しかし、冷戦終結やソ連崩壊により、海軍基地の規模は大幅に縮小され、目ぼしい産業もなかったことから、多くの市民が職を失った。彼らが活路を求めたのが日本の中古車だった。5万円までの物品は手荷物扱いで無税で輸入できる船員特権を活用し、貨物の運搬などで日本に寄港した際に中古車を購入し輸入する船員が続出。それを現地で人々が活発に売買するようになった。それはまた、日本製中古車の品質の高さをロシア極東の人々に強烈に印象づける結果となった。とりわけ、零下2~30度にまで下がる極寒の地では、車の故障は死に直結する場合もあるため日本製中古車へのニーズは絶大で、市中を走っている車の9割以上が日本車となった。多くの市民が何らかの形で中古車に関連する仕事に携わるようになった。荷役、通関、輸送、整備、板金、用品、販売など多くの周辺業務を創出し、10万人を超える雇用が生まれた。「港は言うに及ばず、ウラジオストクの街中至るところに荷揚げされた中古車がところ狭しと並べられ、車を降ろせなくなった車両運搬船が沖合いにたくさん停泊していた」というほど、中古車は地元に不可欠な存在となった。しかし、2009年1月からの関税引き上げにより、日本製中古車の輸入が10分の1以下にまで落ち込み、中古車に関わってきた多くの市民が失業。関税引き上げに反対するデモ行進などの抗議活動も頻発したが、ロシア政府は動かず、ロシア製の国民車「ラーダ」の普及を推進しようとするばかり。その結果、人口約60万人のウラジオストクのみならず、ナホトカなど周辺都市の住民も含め、働き口を求め他エリアに移る動きが数万人規模で発生、極東地域からの人口の流出が深刻化しているという。ロシア政府はようやく事の重大さに気づいたのか、政府高官が今春、「今後、中古車に対する規制強化は見送る」旨の発言をしたとされる。これにより、VINコード表記義務化は実施されない可能性が高いという安心感が一般市民やロシア人バイヤーの間で広がり、4月以降のロシア向け輸出の拡大につながっている可能性があるようだ。高橋社長は「当社においては、最盛期には月間2300台を輸出したが、関税引き上げ後は月間100台を切るような状況だった。しかし、7月は720台にまで回復した」と話す。また、VINコード表記実施については「99%ないと思うが残り1%はプーチンやメドベージェフの気まぐれひとつでひっくり返るという不確定要素があるため、最後の最後まで分からない、と複数のロシア人バイヤーが話している」とのこと。
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